2010年6月6日日曜日

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鈴鹿8時間耐久オートバイレース 〜 第1話

耐久レースの王者RCBがスタートを待つ。78年第一回大会のグランドスタンド前。スッキリとした空間が印象的だった。
今年で33回目になる鈴鹿8耐。その歴史は78年の第1回インターナショナル鈴鹿8時間耐久オートバイレースで始まった。それ以前にも73年に8時間耐久4時間耐久と、今日と同じ距離を競うレースは開催されていたが、あくまでも国内選手権の枠を超える事はなかった。やがて国内の経済が上向いてきたこととも重なり、若者は競ってバイクに乗り国内レースは活気を見せた。それに対応し二輪専門誌の海外のレースリポートも増えてきた。今とは違い雑誌の活字が読者と呼吸し合っていた。その結果多くのライダーが、未体験ゾーンに魅せられていったが、その代表的なモノがこの鈴鹿8時間耐久オートバイレースだった。(当時はコカコーラはスポンサーではなかった)。
当時の欧州耐久選手権では、ホンダRCB1000に乗るC・レオン/J・C・シュマランのフランス人ペアが、圧倒的な早さで76年77年と連続してチャンピオンを獲得していた。
そんな中で開催された第1回大会(78年)。多くのファンは耐久選手権のチャンピオン有利と予測したが、女神はプライベーターのヨシムラスズキのW・クーリー/M・ボールドウインのGS1000に微笑んだ。この予想を裏切った事が当時の若者の喝采を得て、その後の8耐神話(予想は立たない)の事の始まりと無縁ではない。
続く79年の第2回大会も、ポールポジションをとったモリワキレーシングのG・クロスビーがスタート直後から独走するも、ピット作業に手間取り首位が入れ替わる。その後ヤマハの金谷は転倒でマシンは炎上。木山、阿部のホンダチームも、首位に立つものの予想外のピットインで後退。それ以降も相ついで上位チームは転倒に見舞われた。優勝はチームHonda・オーストラリアハットン/コールのCB900だった。
80年の第3回から世界選手権第5戦に組み込まれた。この年は、北米のAMAで圧倒的な速さを誇っていたスペンサーが初参戦するも途中リタイヤ。中盤クーリー/クロスビーのGS1000とE・ローソン/G・ハンスフォードのZ1のトップ争いもローソンが転倒。首位を走るクロスビーは、ピットインでクーリ_とのライダー交代もせず走りきって勝利した。この3回目大会までを振り返っても、本命と思われるチームがいるのだが、必ずしもそのチームが勝利に輝いていない。それが鈴鹿8耐の予想が出来ない面白さではないだろうか。 
理由の一つに、地域的な気候があげられる。中京地域特有のムシムシとした高い湿度と高温。エンジン性能もさることながらライダーの健康管理も重要な要素になってくる。また高温の中で長距離走りきれるエンジンチューンも重要という。これまで3戦中2勝のポップ吉村氏の力量が光った。
これまで鈴鹿8耐で、最多の4勝をしているW・ガードナーの初参戦は81年だ。マシンはモリワキモンスターで、ただ一人2分14秒台でポールポジションを得るも途中リタイア。
この頃からオーストラリア人のライダーが、二輪レース界で頭角を現してきた。

第一回大会の覇者ボールドウインが乗るGS1000と、今は無いダンロップブリッジ。


ピットわきに設置されたホワイトボード。外人ライダーの名前はカタカナで書かれている。78年。

80年優勝のポップ吉村氏とクロスビー/クーリー。スタート前からリラックスしていた。



82年の夏のあの日。鈴鹿製作所の駐車場には、見渡す限りバイクが並んだ。決勝は台風にたたられた。

台風が接近している中で開催された82年は、スタート後も雨脚は弱ることなく降り続き、6時間に短縮された。海外チームを始め国内の有力チームの多くが、転倒とトラブルでリタイア続出した。そんな中日頃より雨中でのテスト走行もするという、メーカーのテストライダーチームの飯島/萩原ペアが優勝。4位までが日本人ペアが獲得した。
この8耐では雨中での撮影に苦労した記憶がある。コースサイドでは雨傘はさせない。カッパやポンチョで体は雨を避けられるが、当時はフィルムを使っていた。36枚撮りのフィルムは撮り終えれば交換しなくてはならない。ところがコースサイドで雨宿りできる場所は、コースポストしかない。その近くにいれば頼んでフィルム交換のときだけ入れてもらえるのだが、近くに無い所ではトラブル覚悟で体で覆いながら交換した。
6時間に短縮されると聞いた時、1台に新しいフィルムを入れた。ゴールと表彰式のために確保し、雨でいつトラブルを起こしても良いもう1台でレースを追っていたが、案の定モータードライブがショートして作動しない。その後のコースサイドでの撮影をあきらめゴールに戻った。そこで残りのI台で撮影したのがこの表彰式の写真だ。これ以降32回を数える今日まで、このときのような雨によるトラブルは起きていない。それはこのときの体験がカメラメーカーにも伝わり、今では防滴、防湿効果の高いカメラが開発されるようになった。


そんな意味でも、懐かしく、思い出の多い8耐の初期にバンザイ! 
隆盛期を迎える8耐は次週公開の第2話で、さらに人気を集めて行く8耐は第3話に続く。
<文/写真:鈴木 雅雄>



雨中のスタート。このときは誰もが短縮されるとは予想しなかった。82年。

豪雨の82年。テストライダーならではの堅実な走りで勝利した飯島/萩原と2位の伊藤/吉村の上位2チーム。

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