玉門関で休憩をしていると、どこからともなく集まってきた住民?。ところが周りには建物はない!
〜どこまで追えるか,夢〜(第4話)
1日目の行程は、約400キロを走り敦煌に到着。敦煌は、ポプラ並木が続く砂漠のオアシスの街である。
世界的な遺産として脚光を浴びる漠こう屈で一躍有名になった、シルクロードの交易で栄えた地である。
街は大変砂埃に満ちており、路面にも随所に砂が溜まっている。シルクロードとイーハトーブは、快調に我々とともに歴史の道を走ってきた。
敦煌を基点に、漠こう屈や砂漠の中の泉「月牙泉」の周辺の砂漠を走る許可を得た。道なき道を走る爽快感は格別のものである。風が造る風紋の中をシルクロードがひた走る。我々が歴史の一部を砂漠に残した轍は、風とともにすぐ消えてしまうのであろう。
敦煌から西に約50キロの砂漠の中にある当時の狼煙台の玉門関まで走る。ここが我々の最終地点となる。玉門関から西に道なき道が続くが、この先は時代が変わってから走ることが出来るかもしれない。我々一行は、はるか西方の中央アジアやヨーロッパまで続くシルクロードに思いを馳せながら、調査隊としての任務を終えた。
このシルクロード調査隊でライダーとして参加いただいた万沢氏とシルクロードは、鈴木カメラマンによる撮影で、シルクロードのポスターや広告、カタログなどにより広く日本のバイクファンに届けられた。また、TBS映画社製作によるシルクロードツアーの模様は、16mmフィルムに収められ、ホンダの代理店や二輪販売店に貸し出され、各地で映写会が開催されている。
なお、目的の一つである、日本のライダーに向けたシルクロードツーリングは、1983年に第一回が実施された。Hondaが中国側と契約し走行を認められた、調査隊で走破したルートに沿って、日本のバイクライダーの夢とロマンを実現した。
これら一連の仕事に携わり、まさに「どこまで追えるか、夢」を具現化できたことは、かけがえの無い思い出となっている。(完)
<文:本田技研工業株式会社 広報部 高山 正之 写真:鈴木 雅雄>
敦煌から75キロに位置する玉門関は、古代の関所だ。当時は約2千人もの兵士がこの関所を守っていたという。現在はフェンスで囲まれている。
これぞシルクロードだと、走りを実感した。360度見渡す限り何もなくただただ砂漠がどこまでも続いている。
玉門関近くを流れる疎勒川。周りの景色からして水が流れているとは想像もつかない。三蔵法師も見た景色か。
敦煌の近くの踏切で重連SLの通過を待つ一行。ウルムチまで行くのだろうか。
休憩を取る調査隊とサポートしてくれた一行(青いジャージは公安職員)と車両。