2010年4月2日金曜日

J'sGalley
シルクロードでシルクロードを走る 〜 第2話

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中国(中華人民共和国)は、ジュネーブ交通条約に未加盟のため国際免許は使用できない。そこで
蘭州で筆記試験を受けることになった。

「シルクロードでシルクロードを走る」〜どこまで追えるか、夢〜(第2話) 
この調査隊に準備されたのは、発売間もない「シルクロード」をメインに、同じくトレッキングバイクとして発売された「イーハトーブ」が加わった。中国側と、バイクの輸送ルートや走行ルートなどの様々な交渉を経て、目的地のシルクロードを目指す調査の旅が始まった。 

目指すは、バイクツーリングのスタート地点とされる甘粛省の酒泉(しゅせん)である。我々一行は、空路で北京、西安、蘭州を経由し、それぞれの都市では大歓迎を受ける。中国側があらかじめ準備していたスケジュールは、シルクロードツーリングと関係の無い観光地めぐりであった。中国の文化を知ることも重要であるが、ツーリングのスタートまでに約一週間を要した。 

移動の行程で我々は中国の免許試験を受けると言う、予定に無いイベントを乗り切らなければならなかった。 

国際免許証を発行していない中国で、外国人が運転するためには試験に合格しなければならず、用意された日本語訳の試験勉強をするはめになった。筆記試験のみであるが、設問の大半が「免許証を取得する国家的な意義」というものであった。晴れて免許に合格した後は、免許証に貼る写真撮影でも驚いた。カメラマンの指示はカメラ目線ではなく、左の上方に顔を向けよ。と言うものであった。何故そうするのかと問うと、その方が良く写るのだとか。 

我々は、工業都市蘭洲から鉄路にて酒泉を目指す。大陸を横断する蒸気機関車である。一昼夜をかけてようやく酒泉に到着。いよいよシルクロード調査ツーリングの始まりである。日本から船と陸路で送られてきたシルクロードとイーハトーブに、工具、スペアパーツなどを確認し整備にとりかかる。体育学校の片隅を借りて整備されたシルクロードを運動場で試走させる。中国のガソリンは、色が赤くオクタン価は低そうだが、エンジンは快調に回る。

(第3話に続く)  

<文:本田技研工業株式会社 広報部 高山 正之 写真:鈴木 雅雄> 

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酒泉から数時間走ったあたりの30年前のシルクロード。ラクダがのんびり歩いている空間があった。 

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敦煌から南西に70キロほどにある陽関。かつての砦あとにある狼煙台から西方を見る。ゴビ砂漠が遥か
彼方まで続いている。
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8月の灼熱の中、移動途中で出会ったオアシスで一息入れる。昔から旅人を癒したに違いない。
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1981年4月に発売された125ccのトレッキングバイク「ホンダイーハトーブ」1973年に発売されたバイ
アルスの再来だ。

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