2010年4月3日土曜日

J'sGalley
シルクロードでシルクロードを走る 〜 第3話

 
月牙泉近くの鳴沙山は、これまでのゴビ砂漠とは異なりサラサラしたタカラマカン砂漠の砂質だった。

〜どこまで追えるか,夢〜(第3話)
我々に走行が許された区間は、甘粛省酒泉から敦煌までの約400キロと、敦煌以西の玉門関と陽関までのわずかな距離である。
酒泉の街では、我々のスタートのために、この街の名所であろう鐘楼の中を特別に通行してのスタートとなった。
街の人々の目は奇異に満ち、見たことも無いバイクにカラフルなライディングウエアに身構えた我々の走りをただただ追うだけである。我々のバイク部隊の前は、中国側の先導車のジープが走る。全て中国側の管理の下に行なわれる。
酒泉の街を抜けると、淡々とした簡易舗装の道が延々と続く。シルクロードの空気は歴史の重みを含んだ言葉に言い表せないものであった。万里の長城の西の果てにあたる嘉峪関に到着。古の人々が築き上げた長城の一部に触れ、改めて中国の歴史の長さと、想像を絶する偉大な建造物に携わった人々の苦労が偲ばれる。
シルクロードを走る車両は少なく、時折荷物を満載したトラックが砂埃を舞い上げながら走り去る。
途中、駱駝に乗り市場に行くのであろう現地人と遭遇する。まるで映画のエキストラのような登場であった。
テレビでみた光景が我々の目の前にある。駱駝は、日本のバイクに驚きもしない。人間のほうが驚いていたように感じた。
昼近くになると、砂漠地帯は40度近い灼熱の世界となる。見渡す限りゴビが広がり地平線がゆらいでいる。
直線が続くシルクロードの先には、逃げ水が現れては消えることの繰り返しである。
休憩は、招待所と呼ばれる簡易宿泊施設に立ち寄る。招待所のある小さな集落にゆっくりとしたペースで走り進むと、子どもたちがどこからともなく集まってくる。子どもたちは、得体の知れない一行に恐るおそる近寄り好奇の目を向ける。
子どもたちに混じり、犬たちも近づいてくる。前もって、野犬は狂犬病の恐れがあるので絶対近づかないことと教わっていたので、緊張せざるを得ない。  (第4話に続く)
<文:本田技研工業株式会社 広報部 高山 正之  写真:鈴木 雅雄>

 
嘉峪関は、西域との出入り口に作られた大きく堅牢な要塞


silk5-3-3.jpgのサムネール画像 
市内で行商からトマトを買った。ほろ苦い素朴な味だったと記憶している。

 
黄色いもやに包まれた市内を走る。これが黄砂ではなかったのだろうか。その頃日本には黄砂という言葉はなかった。

silk5-3-5.jpg 
中国4大石窟の一つ。敦煌の25キロ南に位置し4世紀から14世紀にかけて、約1,000もの石窟が作られたという。

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