私は昭和22年生まれ、団塊の世代真っ只中です。
お陰様で社会の荒波を乗り越え無事定年退職を迎え、そして休止状態のトライアルを再開し3年が過ぎ様としております。
トライアルを始めて今日まで45年が経ちました。バイクの免許取得年齢が16歳でしたので高校時代に原付1種免許を取得し、バイクで通学もしました。
また、親の職業がら我が家には「原動機付き自転車のBSモーター」が有り、その後は「ヤマハモペットMF1」がありました。この様なバイク環境でしたので自然とバイクに興味を持ちました。
バイクを乗り始めて暫くすぎた頃、スクランブル(モトクロス)でも始めようと私の兄と一緒に近隣にあった「スクランブルクラブ」に入りました。クラブ名は「QQスピードクラブ(QQSC)」です。このクラブに入った時に「トライアル」から始めてはどう、と言う話がありこれがトライアルを始めるきっかけとなりました。
当時は時折MCFAJが主催していたトライアルイベントがありましたが、どの様な競技かは理解していませんでした。
60年代当時の日本のバイクメーカーは「ロードレーサー」「スクランブラー」がレース用バイクの主力商品でしたので、トライアル車は売っていませんでした。そもそも日本のバイクメーカー自身が「トライアル」を詳しく認知していませんでしたので、トライアル車を開発する事に興味を示す状況ではありませんでした。
こんな状況の中から、イギリス、スペイン等のトライアルバイクやセクションとして走る環境の写真を見てトライアルとは何か、から入りました。
トライアルは自然環境の中で、岩の乗り越え、滑りやすい上り下りの斜面、石がゴロゴロしている川の中、小さく回るターン、等、スロットルワークで身体のバランスをとりながら走り、いかに足つき等の減点を少なくし「クリーン」に走りきるかを競う競技です。
これらの自然条件に打ち勝つ為にはトライアル車として「低速でも走れる減速比と粘り強い良いエンジン特性」、「グリップの良いタイヤとサスペンション」、「大きな最低地上高と頑丈なエンジンガード」、「足つき製の良い低いシート高」、「バランスのとりやすいステップ位置」等の機能が求められます。
とは言え学生の身分です。輸入バイクは高価でしたので買えません。すぐに出来る事は今持っているバイクの改造です。
当時の手持ちのバイクは「ホンダスポーツカブC110」でした。そして前後のタイヤをMX用に交換、低速トルクを得る為にリヤースプロケットを「ハンターカブ用の72T」に交換、ハンドルをモトクロス用の幅が広いものに交換しました。そして改造車の運搬車両を持ち合わせていませんでしたので、保安部品を付けたまま、大きな減速比で自走する事になります。
そして初めて出場したトライアル大会はMCFAJ主催の三浦半島衣笠の大会でした。結果はビリです。
やはり出場するからには「勝ちたい」。そこで戦闘力アップのため次なるバイクの改造です。ポンコツに近い中古車を購入し改造しました。トーハツランペット、スズキ80K、CS90、と軽量化も視野に入れ「保安部品の撤去」、フロントフェンダーのアルミ化やリアーフェンダーの小型化、シートの薄肉小型化、ステップ位置の移動、アップマフラー化、ついにはトランスポーターである軽トラック、ポンコツ「スバルサンバー360cc」の購入。と大枚をはたきました。
機動性も手に入れましたので練習にも力が入れられる様になりました。東京多摩川の「拝島」、「関戸橋」、そして「相模川」で練習に励みました。時折開催されるMCFAJの大会でも何とか上位に食い込めるようになりました。
しかし年間を通じてのトライアル大会は少なく、出場人数も10名〜多くて20名の一握りです。もっとトライアルを知ってもらいたいと言う想いで「QQSCトライアル採点会」を開催することにしました。
開催案内をバイク雑誌に投稿し、当日の参加ライダーは約20名ほど集まりました。参加者のバイクはノーマルオフロードバイクで、一部はオンロードバイクでした。セクションを造り、模範走行をし基本となる走り方を教えました。午後からは競技形式で各自の採点をしました。参加者はこれほど走れないものとは思わなかった様で、トライアルって易しくないんだと感じたようです。しかし走る難しさはありましたが楽しさを感じてくれたようでもありました。
この「QQSCトライアル採点会」開催のおかげでクラブへの入会を希望する人が3、4名いましたし、その後も会員が増えていきました。今現在でもこの中でトライアル活動を続けているメンバーが半数以上います。
この「QQSCトライアル採点会」開催のおかげでクラブへの入会を希望する人が3、4名いましたし、その後も会員が増えていきました。今現在でもこの中でトライアル活動を続けているメンバーが半数以上います。
更には「QQSCトライアル大会」と名打ってシリーズ戦を開催しました。出場者は約20名ほどでしたが、多いい時には50名位集まり大会規模も大きくなって来ました。参加者のバイクの改造もレベルが高くなり、それにつれてセクションもレベルアップしてきました。
主な出場改造バイクはC2SS、DT−1、SL90、125、といったオフロードバイクがベース車として使われる様になりました。
SL90を例にとると、今までの改造範囲に比べ、最低地上高を更に高くする事と、走破性の向上が必要になったため、スポークを組み替えフロントタイヤを19インチから2.75−21インチへ、リヤータイヤを17インチから4.00−18インチに変更しました。タイヤサイズ変更に伴い前後フェンダーをアルミで叩き出し作成しました。低速トルクアップのためエキゾーストパイプを長くし取り回しも変更しマフラーの容量も変更しました。
これらの改造により更にハードなセクショントライが可能となり、結果としてトライアル大会での成績も上位に入賞出来るようになりました。
「QQSCトライアル大会」の規模が大きくなるにしたがい、情熱を盛ったトライアルクラブの参加も増え、トライアルを更に盛んにする為に幅広くトライアル参加者を求めるイベントとして「関東トライアル大会」、通称「関トラ」を創設し「QQSC」と「CRTC」の交互共催で進める事になりました。
「関トラ」開催場所も「CRTC」の熱意により新たに捜し出した、神奈川県宮が瀬の「早戸川」が主体会場となりました。
「拝島」時代とは違い山の中の本格的なトライアル会場となりましたので、トライアル車に求められる性能もより高く、同様にライダーの技量が試される場ともなりました。岩のステアケースは更に高く、山の斜面の上りは更に急に、登りの助走は更に短く、ターンもきつくなり、といった具合に大きく変わりました。
トライアル車の性能もエンジンパワーが求められるようになり、SL90の場合はエンジン排気量も90ccから125ccへ、更には145ccへと拡大し、馬力とトルクアップを図りました。燃料タンクも軽量化のため樹脂製の小型の物に変えました。動きも瞬間的な速さが求められ、姿勢変化も大きくなる事からスロットルを開けたときに息つきが出たりします。そのガソリンの途切れ対策としてキャブレターのメインジェットには比較的目の粗い「スポンジを巻いて」ガソリンだまりを設けました。マシーンはパワフルになり戦闘力も上がり「関トラ」の上位を維持するまでになりました。
「関トラ」も定着し参加者も増え、全国各地でもクラブ単位でトライアルが開催される様になっていました。
日本の4メーカーの動きも始まり関係者の視察や出場があり「トライアル車の開発」が視野に入ってきました。そして1973年1月に「ホンダTL125」が発表され発売となりトライアルブームの始まりです。
また、こうした中、「QQSC」「CRTC」「TRC」「RBTC」、等、主力クラブで将来のトライアル運営を話し合い、「MFJ」も巻き込んでこの年の11月に「第1回全日本トライアル選手権」が開催され、また、MFJ公認「各地区選手権大会」も開催されようになりました。こうして、日本に今日のトライアルが定着する事となりました。
<文:田中 義耿 写真:鈴木 雅雄>
注:文中のクラブ名の由来は以下。QQSC(キューキュー スピード クラブ)会長:田中英生。学生が主体でしたので金欠状態でPP(ピーピー)していた。PPでは格好悪いのでQQとなった。(何故スピードなのか。その後QQSCにトライアルクラブを付け加えた。通称はQQSC)
CRTC(クリーン ライダース トライアル クラブ)会長:万沢安夫。トライアルの「減点0」は「クリーン」と言います。セクションをクリーンで走りきりたい思いをクラブ名に取り入れた。
TRC(トライアルス ライディング クラブ)会長:箕輪冬樹。QQSCから分離独立しTRCを立ち上げる。2代目会長は上原保男。初代MFJトライアル委員長。本人は「QQSCトライアル大会」に出場。ベルスタッフのトライアルスーツを着てトライアルライディングに徹していた。
RBTC(ロック バッシャーズ トライアル クラブ)会長:故石塚英次。岩をも砕く勢いでトライアルに情熱を燃やすクラブ。イギリス、スペイン、等、海外の情報をいち早く入手していた海外通のクラブ。
著者略歴:田中 義耿(タナカ ヨシアキ)1947年6月12日生まれ。まもなく63歳。
1972年2月:本田技術研究所 入社(中途採用)
主な開発機種:TL125、TL250、RTL305、MT125、直4−CB750、900、
直6CBX(1000)、初期のV4-VF750、1000、1100、1000R等。
1987年3月:ホンダアクセス用品研究所
1996年6月:本田技研工業 部品事業本部 部品開発部
2007年6月:本田技研工業 定年退職。
1972年2月:本田技術研究所 入社(中途採用)
主な開発機種:TL125、TL250、RTL305、MT125、直4−CB750、900、
直6CBX(1000)、初期のV4-VF750、1000、1100、1000R等。
1987年3月:ホンダアクセス用品研究所
1996年6月:本田技研工業 部品事業本部 部品開発部
2007年6月:本田技研工業 定年退職。