'82年にエディー・ルジャーンが、世界選手権で使用したホンダワークスRS360Tのエンジン。
「日本のトライアルを変えたルジャーンの走り」(第2話)
急遽多摩テックに会場を変更してからは、人工セクションをどのように造るべきか模索と葛藤が続く。日本には誰一人として世界チャンピオンがトライする人工セクション設計を手がけた人材はいなかった。ヨーロッパの事情を知っている服部聖輝は、プロトタイプのTLR200で参戦するため、セクションのアドバイスが出来ない立場となる。
急遽多摩テックに会場を変更してからは、人工セクションをどのように造るべきか模索と葛藤が続く。日本には誰一人として世界チャンピオンがトライする人工セクション設計を手がけた人材はいなかった。ヨーロッパの事情を知っている服部聖輝は、プロトタイプのTLR200で参戦するため、セクションのアドバイスが出来ない立場となる。
試行錯誤しながら、国際B級ライダーの杉谷真選手の手を借りてなんとか完成させた。かくして、日本初のスタジアムトライアルは、海外からエディ・ルジャーンを迎え、日本の山本昌也などトップランカーが勢ぞろいした豪華メンバーで繰り広げられた。
当日の多摩テックは、快晴に恵まれたが真冬のために、第2セクションの水を使ったセクションに氷が張り、スタッフが氷を割った事態となった。日本人ライダーのほとんどは、勝手が違う人工セクションと目前に迫る大観衆という雰囲気に押され大量減点となってしまう。全日本チャンピオンの山本昌也でもなかなかクリーンを出すことが難しいセクション設定であった。
最後にトライするルジャーンは、第1セクションに入るとマシンをストップさせ、いきなりバックし始めた。このバックは、我々スタッフにも観客にも初めて見る不思議な挙動であった。このバックテクニックひとつで、会場から驚嘆の声があがった。
バックで助走距離を充分にとったルジャーンは、難関の第1セクションを難なくクリーン。その後も神業といえるテクニックによって、全セクションをオールクリーンで通過して見せた。そして、フローティングターンでクリアするセクションは、エアターンで余裕をもってクリア。観客の興奮は最高潮に達した。
世界と日本のレベルの違いをまざまざと見せつけられた一日だった。この日は、もうひとつ特筆すべきことがあった。ルジャーンの弟エリック・ルジャーンがMONTESA製のバイシクルトライアルで妙技を披露してくれたことだ。
自転車がバイクでも登れないセクションをクリアするテクニックを見た観客は、「トライアルで世界チャンピオンを狙うには、自転車から始めなければならないだろう」と感じた一日でもあった。この日から、日本人ライダー達は世界のレベルを目指し情熱を傾ける日々が続くのである。
<文:本田技研工業株式会社 広報部 高山 正之 写真:鈴木 雅雄>
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