2010年5月1日土曜日

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第一回インターナショナルスタジアムトライアル 〜 第1話

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冬の多摩丘陵は寒かった。ルジャーンと下見をする服部は、プールの水深を測るもそこには分厚い氷がびっしり。

「日本のトライアルを変えたルジャーンの走り」
1983年1月15日、東京日野市の多摩テックで開催された「第一回 インターナショナルスタジアムトライアル」は、日本のトライアル史に新たな時代の到来を告げるとともに、世界チャンピオンエディ・ルジャーンのテクニックに衝撃を受けた、後世に語り継ぐべき出来事であった。
ベルギー出身のエディ・ルジャーンは、1982年にHondaの4ストロークマシンRS360Tで、Hondaにとって初めてのトライアル世界チャンピオンを獲得した若きライダーである。
その当時、Hondaのモーターレクリエーション推進本部では、トライアルの魅力を多くの人達に伝えるためには、より身近な場所で観戦していただくことが必要と考えていた。トライアルは、大自然の中で繰り広げられる競技のため、その魅力に触れるためには都市部から相当に離れた山間の会場まで行くことが求められていた。
時期を同じくして、Hondaのマシンで世界を転戦していたライダー服部聖輝からは、ヨーロッパのトライアル最新事情の報告が寄せられていた。モトクロスと同じように、都市部のスタジアムなどの会場に人工的なセクションを造り、観客は指定された席でほとんど全部を見ることが出来るという画期的なものであった。
日本では、後楽園球場でスタジアムモトクロス(スーパークロス)が開催され大きな人気を博した。
Hondaの社内では、ルジャーンのチャンピオン獲得やバイク競技の都市部開催の流れなどから、ルジャーンを招聘しスタジアムトライアルを日本で開催しようという気運が高まった。
企画の当初は、東京モーターショーの開催地として有名な晴海の国際見本市会場のドーム施設の了解が得られ、ルジャーンがドームの屋根を走っている合成写真のポスターも制作進行していた。
しかしながら、様々な事情から会場の変更が迫られる事になった。そこで白羽の矢が当てられたのは多摩テックであった。
(第2話に続く)
<文:本田技研工業株式会社 広報部 高山 正之 写真:鈴木 雅雄>

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世界レベルのテクニックを、それこそ移動する事なく見られると、早朝からトライアルファンが集まった。

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これまで雑誌でしか見た事がなかったルジャーンのエアーターン。この日集まった観客は、トライアル界衝撃の目撃者になった。

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今や当たり前になっているが、当時バイクと同じようなライディングをするバイシクルトライアルも、この日が日本初お披露目になった。

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2サイクル全盛の中、4サイクル360ccのRS360Tを操り、圧倒的な強さを誇った世界チャンプのエディ・ルジャーン(ベルギー)。

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当時ストップ・ザ・ルジャーンの筆頭だった320ccのSWMに乗るティェリー・ミショー(仏)。後にファンティクに移りチャンプになった。

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