時速50〜60キロで淡々と走行しながら距離を重ねる工藤靖幸。
"ギネスレコード、それは世界一の記録"
19年前の5月5日は朝方こそひんやりとしていたものの、日中は初夏を思わせるとても暑い一日でした。JARI・谷田部テストコースの名物である長い長いストレートには、強烈な蜃気楼が立ち込めていたのをよく覚えています。全日本選手権でもないのにテレビ、雑誌等報道関係者を含め50名を超える関係者に見守られる中、工藤靖幸選手の「ウィリーギネス記録挑戦」は行なわれました。
19年前の5月5日は朝方こそひんやりとしていたものの、日中は初夏を思わせるとても暑い一日でした。JARI・谷田部テストコースの名物である長い長いストレートには、強烈な蜃気楼が立ち込めていたのをよく覚えています。全日本選手権でもないのにテレビ、雑誌等報道関係者を含め50名を超える関係者に見守られる中、工藤靖幸選手の「ウィリーギネス記録挑戦」は行なわれました。
チャレンジ開始は朝8時。表ストレート中央に本部を構える我々の前を、ひたすら工藤選手はTLMをウィリーさせながら震えるような排気音とともに蜃気楼の中から現れては、蜃気楼の中に消えていく。今思えばとても不思議な感覚の1日でした。
ハプニングは午前10時過ぎに起きました。万全を期して準備とトレーニングを積んできたはずなのに、あろうことか工藤選手はバランスを崩し、フロントタイヤを落下させてしまう。
30分足らずのインターバルで再度チャレンジは開始されました。そして終盤には周回を重ねるたびに歓声を浴びながら日没寸前の午後5時28分まで走り続け、叩き出したのが「ウィリーギネスレコード331.01915㎞」でした。
20年前、私は雑誌ライディングスポーツのトライアル担当編集をしていました。工藤選手と親しくさせて頂いたのは、初めて世界選手権に取材に行かせてもらった90年のフランス以来です。家が比較的近いこともあって、記録チャレンジ前から時折、特別に練習風景やマシン改良の過程も撮影させてもらいました。
工藤選手は九州男児よろしく、いつも朗らかで笑顔を絶やさず、それでいて黙々とトレーニングをこなし、こちらが失礼をしても決して感情を露わにするようなことのないライダーです。それは出逢った20年前も、そして今も変わりません。
けれど、19年前の5月5日、この日は違っていました。絶対に、完璧に記録を塗り替えるべく準備したこのチャレンジ。朝方はもちろんのこと、一度失敗を犯した再チャレンジ後はなおのこと、その表情にも全身にも決死の覚悟が露わな工藤選手でした。
ここにある写真たちは、あの暑い蜃気楼が立ち込める暑い一日と、彼の必死なチャレンジを語り掛けてくれています。2+7=合計9時間にも及ぶチャレンジで、鍛え抜かれた肉体が悲鳴を上げていたこともあるでしょう。また、長時間に及ぶ緊張のアクセルワークとバランス取りに、感覚が麻痺しかけていたこともあったことでしょう。自分自身に挑み続けて手に入れた「世界一」の記録がここにあります。
最後に、昨年、ツインリンクもてぎで開催された世界選手権トライアルで、デモンストレーションを披露する"ウィリーキング"工藤さんと再会しました。あれから20年経った彼は、新しい技を引っ下げて観衆の大きな拍手を集めていました。バレリーナのようにウィリーの状態のままで大旋回する「竜巻ウィリー」は、特注のタイヤを開発してもらって完成させた新しい技なんだと笑ってました。
<文:91年ライディングスポーツトライアル編集担当O 写真:鈴木 雅雄 >
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