2010年10月22日金曜日

J's Gallery
車輪の進化

開拓時代の馬車用の車輪、次の写真の車輪よりもかなり細いので小型の馬車か?
重いモノを動かすために考案されたコロは、人類最初の道具の一つだといわれる。その後、長い年月をかけて工夫され進化してきたのが今日の車輪(ホイール)だ。今回1980年代に米国で撮影した、開拓時代から20世紀半ばまでの各種車輪をお見せします。
開拓時代のいわゆる幌馬車に使われていた車輪は、硬いカシの木を組み合わせたものに鉄の輪を外側にはめたものが主流だった。当時扱いやすく加工しやすい素材で、木をしのぐものが無かったからだといわれている。また金属は高価で重い事が使われなかった理由だろう。
その後19世紀の半ば頃になると、木製の車輪の周りにソリッドゴムをはめたものが登場した。ソリッドゴム装着のタイヤの誕生になる。ちなみに当時のダイムラーの四輪車にもこの馬車用の車輪が使われていたそうだ。
今日の空気入りのタイヤの基礎は、1888年イギリスのダンロップが考案したもので、息子の自転車用だった。その後フランスのミシュラン兄弟の改良などの経て、空気入りタイヤ用の鉄製リムが登場する。この鉄製リムに対応するようにスポークも鉄製のものが生まれてはいるが、20世紀初頭には木製のスポークに鉄にリム、そしてソリッドゴムが主流だったようだ。
木製のスポークの素材も、当初のカシからオーク、さらにより硬いヒッコリーが使われるようになった。ちなみに1908年に発売された有名なT型フォードには、木製スポークに鉄製リム。そして空気入りタイヤが装着されていた。この頃のタイヤにはトレッド面に溝が掘られていたが、これは19世紀の終わり頃に開発されたものだ。

 それでは今日では当たり前になっている鉄製の車輪は、いつ頃登場したのだろうか。オールスチールの車輪は、1908年にイギリスのJ.サンキューが開発している。当時の車輪は今日のものとは異なり、単純な鋼板のプレス成形だった。
20世初頭には車が富の象徴となり、それまでの実用車から高級車指向へと移っていく。車輪(ホイール)も機能部品から高級感やデザインの美しさが求められるようになり,そこで生まれたのがワイヤースポークのセンターロック式車輪だった。
ここまでを整理すると、1920 年代は木製スポーク付き車輪とスチールディスク、それにスチールワイヤースポークの車輪が混在していた。そして30年代に入りスチールホイールが木製車輪と入れ変わっていった。また素材や細工の違いから、低コストのスチール製は一般乗用車に使われ、高価なワイヤースポークはスポーツカーや高級車に使われるようになった。
その後20世紀半ばになり、アルミ素材で作られた車輪を装着したジャガーDタイプがレースで圧倒的な存在になった。ちなみに日本におけるアルミホイールの誕生は、1966年遠州軽金属(エンケイ)が製作を開始し翌67年から販売を開始している。
参考資料:日本自動車用品・部品アフターマーケット振興会/JAWA事業部資料
<撮影・文/鈴木雅雄JOPPA>

大型サイズの馬車だったと思われる巾の広い、そして分厚い鉄を巻いた車輪を付けている。
馬車用にしてはサイズが小さい。自動車用の車輪か。木のスポークに鉄のリムを付けている。タイヤはソリッド。
スチール製のプレスホイール。いわゆるリアカー(小型の荷物運搬車)に付けられていた。
鉄を使った鋳造ホイールとソリッドタイヤの組み合わせ。
素材はアルミと思われるが、型に流し込んで作られた車輪。
1930 年代のトラック。禁酒法時代の車だろう。
この頃のタイヤにはトレッド面には溝が掘られている。
5本のスタッドボルトで固定されていたワイヤースポークの車輪。タイヤのパターンも今に通じるものがある。
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